ホテルからビーナスラインをまっすぐ進んで茅野の街を抜け、突き当たりを左に曲がってすぐのところに参拝者用の駐車場が。
道の反対側に鳥居があり、神域へと誘います。
さらに進むと2つ目の鳥居が。
そこからは普通の長閑な石畳の道になっていて、その先のうっそうとした木々の中に
一之御柱(右側)と二之御柱(左側)の御柱(皮を剥かれた木柱)が見られます。
御柱には順番があって、社を取り囲むように右手前が1番で、
(柱によってサイズは異なる)
相方さんは何にでも触りたがります....。
ここ「前宮」は諏訪大社で1番古く、諏訪信仰発祥の地。
「本宮」ができた後、本宮の「摂社」(本宮の管理をする付随施設)として機能し、
諏訪大社最高位の神官「大祝(おおほうり)」の住まいとなりました。
「大祝」は代々この地を治める諏訪氏が就任し、「現人神」(あらひとがみ)、
つまりこの世に姿を現した生き神様として崇め奉られていました。
「大祝」=「現人神」の住まいが神殿となり「本殿」とされるようになったのだそう。
なので諏訪大社に唯一の「本殿」が「前宮」には存在しているのです。
もう少し諏訪氏のお話しを。
諏訪氏は鎌倉時代になると執権・北条氏の「御内人(みうちにん)」=専任従者になります。また、室町幕府になると足利将軍家の奉公衆を務めていました。
よって、武家の棟梁と親しい関係に。
諏訪大社は武士達から「軍神」と崇められていたこともあり、武家社会に浸透し、
全国に諏訪信仰が広がっていったのでした。
質素でひなびた感じが逆にとても神聖な雰囲気を醸し出している「前宮」。
相方さんは後日、諏訪大社の中で一番良かったのがここだと申しておりました。たしかに。
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